すべての友に、ありがとう。

今まで意図的にミンゴルの話題は避けてきたが、今日は最初で最後のミンゴル話です。

みんなのゴルフオンラインが、10月いっぱいでサービス終了になる。最初にこのニュースを聞いたときは、「ああ、やっぱりか」という思いだった。最近はほとんど人がいなかったし、私も週一回つなげるかつなげないか程度になっていた。かつて大会があればほぼ必ず100人集まった頃が懐かしい。サービス終了はやむを得ないだろう。
約二年半のミンゴル人生を振り返ってみる。私がミンゴルを始めたのは6月19日、サービス開始の一週間後だった。やり始めた瞬間、取り憑かれたように熱中したことをよく覚えている。基本的にはみんなのゴルフ3と同じゲームのはずなのに、対戦相手がいるとこうも違うのかと新鮮に驚いた。家にいる時間はほとんどミンゴルに費やされていたはずだ。おかげで、同人誌の締め切りにあと一歩で間に合わなくなりそうだったことも今となってはいい思い出である*1
それからしばらくして、チーム「(株)ワーカホリック」に入社。七月終わり頃だったような気がする。当時、ぽつぽつとチームができはじめていたので、私も入りたいな、と思っていたところだった。そこに社会人中心で集まりましょうというウォルター社長の呼びかけに、私は一も二もなく参加したのである。その後、ワカホリは色々な人の努力のおかげで、コンペを100回以上開催する老舗チームになった。チームを支えてきた社長、人並レイさん、卍丸さんには感謝したい。
赤木は何事にも熱くなる方である。当然、ミンゴルにも相当熱くなった。ただ熱くなるだけならばまぁいいのだが、どうしても思うようにいかないと不機嫌になってしまう悪い癖もある。特にゴルフというスポーツは、思うようにいかないことの連続である*2。伸び悩んだ時期も長かった。
そしてその不満を、チャット中に仲間にぶつけてしまったことも多かったと思う。おそらく、不愉快な思いをされたのではないか。私自身も、「今の発言はしなきゃよかった」といつも思っていた。だがワカホリを始めとする仲間たちは、私のことを取り立てて責めようともせず、明るく励ましてくれる人ばかりだった。
サービス終了直前だからこそ伝えておきたい。これまで色々不愉快な発言をして済みませんでした。でもそれでも仲間でいてくれてありがとうございました。この二年半、ワカホリは自分の中の大切なものでした。
あ、そうそう、ミンゴル関係でオフ会も何回かやったが、これもいずれも思い出深いものだった。特に名古屋オフ会は、名古屋に行ったことがなかったので、新鮮だった。泊めてくれたチビさんありがとう。あと、これはワカホリではないが、上野の超おんぼろ旅館でみんなでわいわいとミンゴルやったこともあり、それも楽しい思い出だった。
結論から言えばG2を五回優勝*3したし、仙人にもなれた。ユナイテッド20アンダーを達成できなかったのは非常に残念だし、ワカホリコンペ優勝が一回で終わったことも相当残念だが、まぁ能力の限界でしょう。今は、満足しています。

ミンゴルを通じて出会った全ての仲間へ。楽しい思い出を、本当にありがとう!いつまでも、忘れないで覚えておきたいです。


スペシャルコーナー 赤木の忘れ得ぬ一打ベスト3
第三位 ユナイテッド16番(グロリア)
ユナイテッド16番は、池の中の小島に向かって打ち下ろすようなダイナミックなパー3だ。ミンゴル3の時は、左側の池に突きだしたポイントにカップが切ってあることが多くて苦労した。オンラインでは右側にカップが切ってあることが多く、やや難易度が下がった感があるが、それでも距離感やショットを誤れば即池、という難しさは変わらない。その難易度と美しさから、全コースの中で私が一番好きなホールでもある。
その日は、いつも通り何気なくプレイしていた。優勝もちょっと無理、という段階で、迎えた16番。赤木はここから上がり3ホールで調子を崩すことが多いから、絶対に気をつけよう、とティーショットを放つ。高く上がった球がグリーンに舞い落ちる。カラーに落ちて、跳ねる。その時、ヒトミキャディが叫んだ。「ええわ、そのまま!」まさかっ!次の瞬間、ボールは二度バウンドして、カップイン!難攻不落の16番を攻略した瞬間だった−−。
第二位 ユナイテッド18番(2番)(キング)
G1キング限定ランダムユナ。きっとまんさんと何気なく参加していた大会だが、なぜか序盤でベタピンを連発。崩れやすい後半もなんとか凌いで凌いで、最終ホールまで来た。そのときの順位は13位。あと3人抜かせば、無理と思っていた仙人に手が届く。もう、最終18番のパー5でイーグルしかない。
第一打をフェアウエーに運び、第二打を4Wでぶっ叩く。追い風に乗って、ボールは2オン。だが、ピンまでは7メートル、それもかなりきつめのスライスライン。普段の赤木なら、外してしょうがないというラインだ。
だがこの日は違った。絶対に入る。なぜかそう確信していた。パワーを調節し、打つ。ボールは、スライスラインに乗ってカップに向かって一直線に転がり、そして、カップイン。このイーグルで5人を捲り、G1準優勝を果たした−−。
第一位 さくら山17番(ヒトミ)
サービス開始二ヶ月後の八月。コミックマーケットの前日。さて印刷所に出かけるか、その前に一回回るかと何気なくプレイを始めたさくら山。だが、なぜかずっと上位をキープしたまま、試合が続いた。もしかして初優勝?10番あたりから手が震え始める。しかし鬼門の12番パー3で、痛恨のパー。これで一歩下がり、2位に。その後はうまくバーディを重ね、一打差のまま迎えた17番パー5。
第一打を打って、残り距離は247ヤード。当時キャラもギアもまだ貧弱だった頃、パー5で3オンの作戦を取ることは珍しくなかった。特にこの17番は2オンに失敗すれば間違いなくバンカー入りだ。
だがもし相手が3オン狙いでバーディなら、イーグルを取ればポイント差で逃げ切れる。もう、行くしかない!ためらわず、ドライバーを手に取る。手が震える。心臓も鳴った。だが、カーソルを動かし始めたその瞬間だけ、なぜか震えが止まったことを覚えている。
ヒトミの振ったドライバーは、見事ジャストインパクト。ぐんぐんのびるボールが、ピンそば3.2メートルに2オンしたとき、初優勝を確信した−−。

*1:締め切り一週間前、どうにもならなくなって、ミンゴルのソフトを会社に持っていった。強制的にプレイできなくしたわけである。ミンゴル禁断症状にもだえながらの原稿執筆であった。

*2:ゲームでもリアルでも。でもリアルはウルトラ下手くそのため、うまく行かないのが普通だと思っているのであんまり腹立たない。

*3:さくら山2回、ユナイテッド2回、ロイヤル1回。言うまでもなくレベルはどれも激低。